長久手市郷土史研究会

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長久手市の歴史小話10

長久手古戦場公園内「朝岡宇朝」の句碑

 愛知県下には約860基の句碑が存在していることがある調査で知られている。その多くは著名な俳諧師、例えば芭蕉とか一茶などの作品を記念碑として、或いは弟子が師の代表句を句碑として、また俳諧師の来訪を受けその時の吟行句を記念として残すために句碑が建てられている。その一例が長久手市の古戦場公園にある朝岡宇朝の句碑で、文政五年(1822)この地を訪れ宇朝が詠んだ吟行句を昭和になってから地元の有志が費用を負担して句碑を建立し、宇朝を顕彰した。(写真参照)

 なお、愛知県下で句碑の多い地区は(1)名古屋市約210基(2)岡崎市約140基(3)西尾市約90基(4)豊橋市約70基(5)蒲郡市約40基などで名古屋市を除けば三河地区に集中している。

 この地域は明治から昭和にかけて俳諧の盛んな地域であり、例えば太田鴻村や岡田耿陽などが多くの弟子を持っていたこと関連がありそうに思う。当長久手市内にはこのような顕彰碑、記念碑の類は見かけない(もし見落としていれば当会へお知らせいただきたい)。さて、朝岡宇朝とはどんな人物なのだろうか。

 まず「尾張藩士録」を見てみよう。名は正章、別に桃慮ともいう。住まいは片端筋藤塚丁(現名古屋市東区)、石高は百五十石、大御番の役とある。寛政六年(1794)の生まれ、天保十一年(1840)没47 歳、法名は可学院安然明心、菩提寺は東寺丁(現東桜2 丁目)安斎院である。元住居を蓬左文庫蔵の『江戸末期名古屋城下図』で調べてみると、片端筋藤塚丁(その後富士塚町)東二軒目に朝岡姓が一軒のみ記されていることから、ここに住まいがあったようだ。今訪れてみると高速道路が行き交い武家屋敷町の面影はない。今の東片端交差点やや南西、国保会舘のあるあたりではなかろうか。

 一方、菩提寺である安斎院は東桜2 丁目に現存しているが墓地は戦後平和公園に移されており、過日現地を訪れて墓を確認することができた。墓地には複数の朝岡家の墓があるが、前記の法名の刻まれた墓があり、清掃も行き届いているところから関係者が供養をされていると思われる。

 もう一つの資料として『名古屋市史』にも宇朝の名前が見られたので本文を引用する。
 名は正章、通称は傳蔵、桃慮と号す。宇朝は其俳号にして、別に露竹齋の号有。家世々尾張候に仕えて百五十石を食む。其人と為り沈静にして事に綿密也。儒を飯萬島清忠に学び、篤く朱学を信じ、又小笠原流の禮法に精しく、歌及び俳諧を嗜む。交る所点其道に名ある者なり。生遊覧を好み、暇あれば同心の友を携えて名勝に至り、到る処必筆を援りて之を記す。紀行数十篇あり、又平生見聞する所を筆記し、名付けて『袂草』といふ。天保十一年正月二十八日、疾を得、俄然として逝く。享年四十七。

 これらの記述によってほぼ人物像が浮かび上がってくる。これ一筋という専門はなく諸道に通じた人のようである。どの分野でもレベル以上にこなすなかなかの器用者。大藩に庇護された円満な趣味家と言ったところか。その中でも特に好んだのが俳諧だったようで『桃慮随筆・袂草』や『尾張雑書・岩作長湫岩崎道中記』などを著わしている。

 文政五年(1822)朝岡宇朝が訪れた古戦場公園について説明をしておきたい。かつて「小牧・長久手の戦い」で家康軍と秀吉軍が一線を交えた中心地で、明和八年(1771)徳川藩の家臣によって三武将を偲ぶ塚が建立された。

 その後、明治三十九年に池田家、森家の関係者、旧臣の関係者および長久手村の有志によって大碑が建立、昭和十四年には国の史跡に指定され、昭和六十年には郷土資料室がオープン、古戦場公園として整備された。なお、愛・地球博の開催のよりリニアモーターカー(通称リニモ)が開通し近くに「古戦場駅」が設けられたことにより交通が至便になった。

 その古戦場公園の小高い丘の上に朝岡宇朝の句碑がある。句碑には

ここばかり松も時雨よ塚の土

とある。

ところが『長久手町史第七巻』には

爰はかり松も時雨よ塚の上

とある。また別の長久手を紹介したある印刷物には

ここばかり松のしづくか塚の土

ともあり、いささか混乱している。

 そこで宇朝の原本を調べようとしたが朝岡宇朝の書いた『尾張雑書・岩作、長湫、岩崎道之記』は未発見、ただ嘉永二年(1849)に細川忠陳(要斉)の書写した和書が尾州徳川家に伝わり名古屋の蓬左文庫に保管されていることが分った。特別に許可をいただき複写したものを添付する。その中には、

爰はかり枩(松の略字)も時雨よ塚の上

と書かれていることが分った。(添付和書コピー参照)

参考文献
1.尾張雑書 岩作、長湫、岩崎・道の記(蓬左文庫所蔵)
2.長久手町史 資料編7(長久手町役場、平成元年刊)
3.愛知の文学碑(愛知県郷土資料刊行会、昭和54年刊)
4.香流川物語(小林 元著、愛知県郷土資料刊行会 昭和53 年刊)